寒 月 夜 (ラバヒルSSvv)
 


今年は久し振りの暖冬だということで、
冬野菜は豊作なのに鍋物が流行らなくっての値崩れを起こすわ、
ただでさえ人気が下降気味のスキーやスノボは、
雪不足でゲレンデが使えずでますます客足が遠のきそうだわ。
冬物衣料や暖房機器もさほど売れずの目論み外れ などなど…と。
全国紙からスポーツ紙に至るまでのどれもこれもを毎日きっちり読破する中、
こっちの畑はネットの方の即時性にしか関心がないのでと、
見出しだけをざっと浚うだけの経済新聞のあちこちに、
例年とは全く逆の傾向での困った困ったという泣き言が乱れ舞っていたものが、

  「何だよ、この寒さはよっ!」

ベッドの上、毛布とムートンに乱雑にくるまってもまだ足りぬのか、
なかなか温まらない爪先へと苛立って、
ついつい…聞く者もいないのに、声に出しての不平を鳴らす蛭魔だったりし。

  “う〜〜〜っ。”

数値的には平均的だっていうけれど、
その前日との落差があまりにも大きくて、
いきなりの異常気象かと思ったほどの冷え込みよう、
いやさ“凍りよう”ではなかろうか。
暖房を十分に効かせた上での薄着で、ゆったり過ごすのが常の蛭魔でも、
まさかに真夏並みの温度にまで上げるなんてなお馬鹿な真似は、
野暮だから…というよりも、
体調の自己制御機能を乱しかねないから願い下げだったりし。
仕方がないかと、彼には珍しくも
シャツにセーターなんてな重ね着を余儀なくされていたりする。
広々としたフローリングのリビングも、
独りで過ごすには何とも嘘寒いので。
大学から帰って来ると、そのまま寝室へと飛び込んで、
外気で凍って固まりかかってたあちこちが暖房にほどけるの、
苛々しながら待つのが、昨日今日の晩の“まずは”になっており。

  「〜〜〜〜〜。」

今更“一人暮らし”が侘しいなんてな殊勝なことは思わない。

  ――― でも、だけど。

その手で切り拓く先、将来のことしか眼中にない悪魔様が、
大嫌いな禁句にしている筈な“でも”の先に、
珍しくも“もしも”の小箱が ちんまりとあったりし。

  『…妖一? そんな寒かったの?』

ふっと思い出したのは、元旦前後のひとコマで。
年末年始は、売り出し中のアイドルと芸人以外は割と暇になる 某業界の、
今や“中堅どころ”に位置する辺りにいる彼は、
大晦日と三が日にお休みがもらえたからと、

『だから、あのね? 匿ってくれない?』

そんな言い方をして、このフラットに1週間近く居着いてくれてて。
『そんな口実で来た以上、外を出歩くのは厳禁な?』
『え〜〜〜っ?!』
そこまで大層に構えずともというのは重々承知の上で、
こっちもわざとにそんな言いようをしてやって。
隠遁してだが、捕らわれてだか、
世間から身を隠しておいでの王子様を部屋に残してのランニングに出掛けたところ、
戻って来るたび、大きな手で頬や耳をくるんでくれた。
『うわ〜〜〜、冷たい。』
ちゃんとイヤマフしなよ、いいよ面倒臭い、
冷気吸い込むのってトレーニングになんの?
手さえガードしてありゃいいんだ、俺のポジションはよ。
憎まれを言い返しつつ、でも、
その手を振り払うほど意固地でもなくて。
『ああ、ほら。こっち来て。』
リビングでぬくぬくと待ってた王子様、
お外が大好きな猟犬から、
厚手裏起毛仕様のウィンドブレーカを手際よくも剥ぎ取ると。
ひょいっとお膝へ抱え上げ、
その身の芯へまで染みとおりかかってた冷気を追っかけるよに、
柔らかな暖かさでくるんでくれた。

  「………。」

もうシーズンは終わっているのだが。
だから、連絡を取ったって自分のアメフト優先主義には抵触しないのだが。
だが、彼の側はどうだろか。
ネットで調べてこっそりハックした事務所のスケジュールによれば、
春の番組改編期に放映される単発ドラマと、
やはり春休みに公開されるアイドル映画からのオファーが来てる。
昔と違って、スポーツマンであることを
そのイメージとして優先してもらえる立場にあるとはいえ、
自主トレ・モードに入った期間はどうしても、
事務所が言って来る仕事を断り切れない彼だろから。

  “呼んだって来れないかもな。”

もしくは無理をして時間を算段するか。

  「………。」

以前の自分だったなら、そのくらいはさせたかもしれない。
さんざん振り回してそれでもついて来れるのならばという、
偉そうな“淘汰”が当たり前だった。
こんな嫌な奴、本気で相手にしてんじゃねぇよと、
先回りして嫌われていたもんだったのに。

  「………情っさけね。」

今はそれこそ、そんなして嫌われるのが怖いと来てる。
“………。”
お正月に来た彼を、だが、外での自主トレに付き合わせなかったのは、
風邪を引いては何にもならねぇなんて、
可愛げなくも口にしていた通り一遍なことなんかが理由じゃあなくて。

  ――― もしかして、彼を閉じ込めておきたかったものか…。

胡座をかいての鷲掴みにした爪先は、やっぱりまだまだ温もらず。
「………。」
でももう、キリキリと怒る覇気も起こらない。
桜バカとは恐らく春になるまで逢えないし。
そうそう、俺にはとうとうの最後の1年なんだしよ。
やっと念願の一部へ駆け登れたんだ、
新入生にもチェックを入れて、がっつりとチーム編成に集中始めてていい筈で。
そんなこんなへ意識を切り替えようとしていた矢先、

  「…っっ!!」

ぴんぽ〜んと、間延びした音が室内に響く。
柔らかな音だのに、突然だったもんだから、
柄になく“びくくっ”と肩が撥ねた。
それが癪で、ついでに爪先の冷たさへの癪も復活したので、

 「…何だ。」

電話の子機も兼ねたコードレスの受話器を手にし、
相手が加藤さんでもこの際は構わないと、ぶっきらぼうな応対をすれば。


  【…妖一? 居るの? ごめん、鍵忘れちゃった。開けて。】

  ……………え?


空耳かと思った。
ガキが他所んチのインタフォンに悪戯してんじゃねぇよと、
ピンポンダッシュと混同しもした。

  【妖一?】
  「…あ、ああ。今開ける。」

呆然としたまま、インタフォンにもついてる開錠キーを押し、
ぷつりと切れた通話を反芻する。

  『…妖一? 居るの? ごめん、鍵忘れちゃった。開けて。』

なんで? お前、忙しいんじゃなかったの?
なんでこんなトコに来てんの? 忘れ物か?
先月、何か忘れてった?
急に寒くなったから、あん時ここへ着て来た何かを取りに来たのか?

  「…妖一、入るよ?」
  「…っ。」

玄関チャイムが鳴ったのへ、
気がつかなかったほどの忘我状態にあったらしくて。

  「…あ、えと。」

ああどうしようと身の裡
うちがざわめく。
しおらしいトコなんか絶対に見せたくないから、
こんなカッコでいちゃあいけない。
いかにも寂しかったですなんて毛布にくるまってるトコなんか、
奴に見せてどうするよ。
「妖一? 居るんでしょ? 部屋?」
スリッパの音が近づいて来る。

  “だ〜〜〜〜っ、もうっ!”





        ◇◇◇



ロビーへのオートロックを開けてくれたんだから、
在宅で、しかも、門前払はしねぇよって事だと思うじゃないか。
玄関の鍵はね、別になってるし、実は…下のオートロックのも持ってたの。
ただ、連絡しないでいきなり来たからサ、
居ても忙しいとか、妖一の側にも都合があるだろしって思ってさ。
それでまずはとお伺いを立てた…つもりだったんだけど。
上がって来た僕に、
「…来んじゃねぇよっ!」
ドア越しにいきなり怒声が飛んで来たからびっくりしちゃった。
「な…妖一? どうしたの?」
「うっせぇなっ。外から来たんならキンキンに冷えてんだろうがよ。」
あ、えと、はい。その通りみたいです。
「十分暖ったまってからじゃねぇと逢えねぇな。」

  ………なんですか、そりゃ。

「よ…っ。」
「いいから、暖ったまって来な。」
頑なな声に、ふと思い出す。
この廊下にも確か、監視カメラがついてんじゃなかったか。
数年前から、
某有名セキュリティ会社の顧問を匿名で引き受けているという蛭魔だから、
そんなくらいの仕掛けは基礎中の基礎だろし。

  「…うん。判った。」

寒がりの悪魔様、外から持ち込まれた冷気に触れるのが嫌なんだ。
しょうがないなと肩を落としたが、
まま、勝手は判ってるフラットだしね。
冷気を吸って重くなった、大きめのコートを脱ぎながら、
踵を返すとキッチンへと向かうことにする。
広い廊下は、僕ほどの大男がコート広げてばたばたしても全然余裕の幅があって。
キッチンの入り口近くに据えられた、テーブルセットの椅子の背へ、
二つ折にしたコートをひょいと預けてそれから、

  “…えっとぉ。”

シンプルなデザインのステンレスのケトルに水を張り、
お茶の用意に取り掛かる。
あ、此処って暖房入ってる。
妖一が何か作る気でいたのか、面倒だったんで全室に入れたのか。
これでちょっとは早めにお湯も沸くかな。
えと、あとは…と。
食事はどうしたんだろ。食べたのかな?
大学で練習があったとしたら、まだか。
よ〜し…パイシートとそれから、解凍品でも怒らないでね。
蛭魔んチのシェフ謹製のクリームシチューなんだから、
絶対に美味しいはずなんだしサ。







        ◇◇◇



自分で掘った落とし穴。
しまった深すぎて自力では上がれないと気がついて。

  「………。」

仕方がないのでベッドに伏せている。
寝たんなら諦めるかもな。
別に俺が顔出さなくとも、勝手は判ってるだろうし。
俺が居ない時に何度か来てたこともあったっていうくらいだし。

  「………。」

だってどのくらいであいつが十分温まったかが判んだよ。
起動させりゃあ赤外線センサーならあるけれど、
サーモグラフィーまではさすがにつけてないっての。
ドアの前で体温を計れってか?
サーズ絶賛警戒中の国際空港ですか、此処は。

  「…あれ?」

何かいい匂いしないか?
これって…パイ生地の匂いと、あ、もしかしてホットポーだ。
そうだよ、俺、まだ飯喰ってねぇよ。
指先とか、なかなか暖ったまんねぇの、そのせいかも。
うわ〜、喰いてぇ〜。

  「………。」

ごそりとベッドから起き上がったのと、

  ――― トントン♪

軽やかなノックの音が響いたのがほぼ同時。

  「妖一? ごめん、ホットポー作り過ぎちゃったの。」

冷凍しといた方がいい?
明日にでもレンジで暖めて食べるんなら、
粗熱とってから冷蔵庫の方に仕舞っとくけど。
ねぇ、どうする?

  ――― それとも、今、一緒に食べてくれる?

困ってるの、助けてよ、と。
ああ、こんな時まで甘やかすのを忘れない。
馬鹿か、お前。
踏ん反り返って“欲しけりゃお願いと言え”くらい、言ってもいいのによ。

  「………食べても良いけどよ。」

そうと応じてから、でもと付け足す。
「持って来てんなら、そこの花瓶の卓に置け。」
今は丁度 何も置いてないから、トレイごと載せられるはず。
ややあって、
「置いたよ?」
そんなお返事が返って来たから。
ドアを開けると、
「よ…、」
何も言わさず、まずはの御馳走。
久し振りの匂いを堪能したって、罰は当たらないと思わね?
エプロンは外して来いっての。つや消しだな、こら。
また少し、首回り堅くなってねぇか?
ああそうそう、背中に腕回して…反応遅せぇっての。
手が冷たい? あたぼうよ、だから機嫌だって悪かったんだよ。
さあ早く、晩飯寄越しな。
とっとと喰って、その何だ。


   ――― 明日は早いのか?
        そか、じゃあ昼まで寝てられるのな…。





  〜Fine〜  07.2.3.


  *あんまり寒いのでという突発ものです。
   蛭魔くんて、原作では暑いのにムチャ強かったので、
   寒いのは苦手かなと…ウチではそんなイメージが定着しております。
   あと、買ったばかしのコミックスの桜庭くんが、
   髭面の精悍なもっさりくんから、やや美形に戻っていたので、
   あれれぇと意外に感じて…こんなの思いついてしまいました。
   ウチのラバくんは相変わらずに悪魔さんにメロメロみたいです。


ご感想はこちらへvv

戻る